理想の死に方ってありますか?
こんにちは。
底辺の片隅でギリギリ生きているクロスケです。
皆さんは自分が死ぬことって考えたことがありますか?
別に自殺とかそういうシリアスな話ではなくて「死ぬときはこういう死に方がいいなー」とかふわっとした話です。
「家族に看取られて穏やかに死にたい」と思いますか?
それとも「そんなことは考えたこともない」でしょうか?
アラサー後期ともなると身近な人が無くなった経験を持つ方は多いと思います。
クロスケはそんなときにふと自分だったらどういう死に方がいいかなと考えたことがあります。
今日はそんなお話を書いていきたいと思います。
理想の死に方
まず最初にクロスケ的な絶対条件として苦しむのは嫌です。
クロスケは痛いとか苦しいとかほんとに無理です。
代表的な苦しい死に方のイメージとしてはがんと闘病後に死ぬとかですね。
親族で抗がん剤で苦しみながらやせ細っていく姿を見たことがあります。
本当に辛そうでした。
他人がどう思うかは別としてクロスケだったらそこまでして生きたくないです。
別にこの世にそこまで強い未練はありません。
成し遂げたいことも特にはありませんしね。
まあちょっと話がそれましたが要はサクッと一息に死にたいわけです。
さて一息で苦しまず死ぬとして次はシチュエーションですね。
例えば最悪のパターンを考えてみましょう。
電車に飛び込むとか最悪だと思いますね。
まず迷惑をかける規模が大きいですよね。
色々な人に迷惑をかけることになります。
それに遺族に損害賠償請求が発生する可能性があるのもきついですね。
ざっくりと調べると数百万~数千万前半くらいだそうです。
自分はサクッと死ねていいかもしれませんが、
残された家族に迷惑をかけるのはまたキツいです。
同様の理由で賃貸の部屋でとかも厳しいですね。
事故物件になっちゃうわけですし。
そうするといわゆる富士の樹海で見つからないようにってのがベストですかね。
まあこうなると自殺オンリーになってしまうのですけど。
死ぬってことは誰かしらに迷惑をかけることになります。
後始末する人は基本的にいるわけですからね。
いっそ理想論ですけどスイッチ押して消滅とかしたいですね。
跡形もなくスパッとですね。
ちなみにうつ病で自殺を本気で考えると周りに気を遣う余裕はないです。
本当にただ嫌だという感情が強くなって他のことを考えるキャパシティはなくなります。
もしそういう考えがよぎっているならまずメンタルクリニックでいいのですぐに受診してくださいね。
ちょっと今日はネガティブになっているのでまとまらない記事を書いてしまいました。
いつもそうだといわれると反論できませんけどね。
今回はこのへんで。
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